碧しの/喪失と残響
昨年の11月28日、AV女優の「碧しの」が自身のツイッターに於いて唐突に引退を発表した。引退理由は「一身上の都合」と本人が言及。円満退職を伝える際の定型句で括られた。彼女が改名する前の「篠めぐみ」時代からリアルタイムで数々の出演作を見続けてきた身としては(といってもデビュー当初の作品は殆ど「早送り」や「中途脱落」の“流し見”であったが)大変感慨深いものがある。「篠めぐみ」としてのデビューは2009年8月とされる。女優の新陳代謝が顕著なAV界で短期間のブランク(2010年 篠めぐみ時代、1度目の“引退”)があったとはいえ(*1)、約10年間を第一線で活動する女優は稀である。今回の引退時公称年齢は29歳とあるが、実際にはもう少し上なのかも知れない。本人談によればAV女優として活動する傍ら、自ら起業し会社経営者としての顔も持つ野心家である(*2)。個人的には容姿に艶っぽさを増し、しっとりとした色香が漂うようになった「碧しの」時代後期になって彼女に傾注したこともあり、次頁以降に列挙した作品画像も全て「碧」期のものである。
裸主体の仕事とはいえ身体のメンテナンスにも遺漏ないところに彼女の並々ならぬプロ意識が垣間みられる。ざ瘡・毛孔性苔癬の全くみられない肌理細かな臀部、剃り跡のないなめらかな腋下、稀にアップで映る足指に至るまで完璧なまでの美容ケアが施されている。治療痕の無い白やかで整った歯列やシェイプアップされた体躯も同様である。後背位や騎乗位での情交シーンにおよぶ際、四つん這い、あるいは馬乗り姿勢を取る彼女の、スレンダーな背中から臀部にかけて弓のように撓う曲線の美しさは特筆に値する。高身長であることから立ち姿も美しく、乱れた着衣から露わになる脚線を、対角構図の全身ショットで収めんとする作品もあまた見られた。
活動期間の長さ、出演ジャンルの幅広さから、彼女の出演作を網羅して視聴することは至難の業であろう。素人を装い、その作品限りの源氏名をつかった街頭ナンパ物、出演者としてクレジットされないオムニバス作品等の出演は夥しい数に及ぶ。オーソドックスな作品のほか、痴女、レズ、SM等のカテゴリーや、2穴性交や飲精もの、無修正配信にも数多くの出演作がある。演技力にも長け、ドラマ仕立ての作品やシチュエーション物に於いて本領を発揮し、女子校生からOLや人妻、特撮AVでは敢然とアクションもこなす。長期の現役生活で培われたものか、行為中の細かな所作に至るまで自身の見せ方を熟知しており、豊かな表現力と技巧に於いて凡百の女優とは大きく一線を画す。如何なるジャンルでも荒唐無稽な設定が定石のAVでは、余りに突飛な演出や、女優の場違いな扮装に興ざめすることも多々あるが、彼女が演じることでそうした疵瑕すら些末事となる。営業中の書店や走行中の満員電車内での立位による性交、服用すると一瞬で多淫症化する効果甚大の媚薬、下着が見え隠れする超ミニスカートの教師や主婦、といった非現実的で到底あり得ない状況さえも容受することが出来るのである。
一時代を席巻した人気女優であったにも拘わらず、華々しい引退作が用意されることもなくツイッターの本人告知のみでひっそりと引退していった「碧しの」。今回の引退に至る経緯・詳細を我々視聴者は知る由もないが、願わくば何年かののちのセンセーショナルな再来を期待したい。
(*1)「篠めぐみ」として引退後まもなく同名義で早々に復帰を果たしており、その間作品リリースも途切れることなく行わ
れているので 視聴者的には“ブランク”といえるほどの空白期間は無かったと思われる
(*2) アダルト動画配信サイト「Xcity」でのインタビュー記事による